口でなされる「悪い行い」

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平成19年10月号のビーヤングには、「悪口(あっこう)」と題して、口で行う悪の一つ、悪口について解説するマンガを描きました。

もともとは、「口業」と題して描く予定でした。
仏教では、口で行う悪について4つ教えられています。
1 綺語(おべっか)
2 両舌(二枚舌)
3 悪口(わるくち)
4 妄語(うそ)
この4つすべてを描くと、紙幅を超えてしまいますし、また「綺語」や「両舌」などの説明は子供には分かりにくいだろうということもあり、「悪口」にテーマを絞って描いた訳です。

それにしても、世の中「悪口」で苦しんでいる人が、どれほどいることか。
直接「バカ」や「死ね」という言葉を浴びせるのはもちろんですが、インターネットの普及によって、知らない間に自分への悪口が匿名の人物によって公の場で晒される事例も数多く聞きます。
大抵の場合、その被害者は泣き寝入りです。
ネット上の悪口や誹謗中傷によって心が傷つけられ、精神を病み、果ては自殺に追い込まれた人までいる始末。
正に、言葉による暴力です。

「悪口を言う」という行いの結果は、必ず「悪口を言った本人」に返ってきます。
それは単純に「悪口を言われる」という結果に限らないでしょう。
そもそも、悪口を言う人に、「信頼」はなかなか集まるものではありません。
また、悪口を言っていると、心はすさんでくるものです。荒れた心は、悪い結果を招きますよね。

「匿名だから何を言ってもいいんだ」ということは、決して無い筈です。
「あいつはバカだから『バカ』と言って何が悪い」「あいつは邪魔だから『死ね』と言って何が悪い」ということも、決して無い筈です。
今、自分が口に出そうとしている言葉、キーボードで打とうとしている言葉は、相手にどのような思いをさせることになるのか。
よくよく注意しなければならないと思います。
その気遣いが、相手を傷つけないことだけでなく、自分の幸せとなって返ってくるのですから。
悪口

智慧ある者に怒りなし

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ビーヤング9月号の「仏教なるほどゼミナール」は、「怒り」と題して描きました。
当初は、題は「瞋恚」として、煩悩の一つを解説するようにしていましたが、「瞋恚」という言葉そのものが、子供の読者にとっては難しいと判断して、「怒り」に直しました。
ですので、「仏教用語の解説」という感じがしませんが、ご了解ください。

殺人や虐待、世の中を騒がす様々な事件は、「カッとしたから」といった「怒り」の心からきているものが少なくありません。
「怒る」ことがなければ、どれだけの人の命が落とされることなく、平和な世の中となることでしょうか。

それにしても、「怒りの心が出てきた時は、数を数えなさい」と言われますが、これがなかなかできることではありません。
数を数えられるだけの冷静さがあれば、誰も怒りはしません。
私も、ささいなことから怒りの心が出てきて、相手にひどい言葉をかけそうになることがあります。
「いやいやまてまて、今ここで怒りの心を出すと、どうなるか考えてみろ」
怒ったその先を考えることができた時、怒りの心を鎮めることができるのだ、と思います。

お釈迦様は「智慧ある者には怒りなし」と教えられたと聞いたことがあります。
先を見通す力、智慧があれば、後悔で終わる怒りの心など、確かに出てきようがないのでしょうね。

だから「怒った時には数を数えよ」とは、単に怒りを鎮める為にではなく、「数えている間に、『怒ったらどうなるのか』という先のことをよく考えてみなさい」という忠告なんだな、と最近よく思いますね。

みなさんは、いかがでしょうか。

仏教 怒り

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