智慧ある者に怒りなし

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ビーヤング9月号の「仏教なるほどゼミナール」は、「怒り」と題して描きました。
当初は、題は「瞋恚」として、煩悩の一つを解説するようにしていましたが、「瞋恚」という言葉そのものが、子供の読者にとっては難しいと判断して、「怒り」に直しました。
ですので、「仏教用語の解説」という感じがしませんが、ご了解ください。

殺人や虐待、世の中を騒がす様々な事件は、「カッとしたから」といった「怒り」の心からきているものが少なくありません。
「怒る」ことがなければ、どれだけの人の命が落とされることなく、平和な世の中となることでしょうか。

それにしても、「怒りの心が出てきた時は、数を数えなさい」と言われますが、これがなかなかできることではありません。
数を数えられるだけの冷静さがあれば、誰も怒りはしません。
私も、ささいなことから怒りの心が出てきて、相手にひどい言葉をかけそうになることがあります。
「いやいやまてまて、今ここで怒りの心を出すと、どうなるか考えてみろ」
怒ったその先を考えることができた時、怒りの心を鎮めることができるのだ、と思います。

お釈迦様は「智慧ある者には怒りなし」と教えられたと聞いたことがあります。
先を見通す力、智慧があれば、後悔で終わる怒りの心など、確かに出てきようがないのでしょうね。

だから「怒った時には数を数えよ」とは、単に怒りを鎮める為にではなく、「数えている間に、『怒ったらどうなるのか』という先のことをよく考えてみなさい」という忠告なんだな、と最近よく思いますね。

みなさんは、いかがでしょうか。

仏教 怒り

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