小冊子「幸せを呼ぶ5つの話」

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仏教マンガ月刊誌『ビー・ヤング』で連載中の「仏教なるほどゼミナール」をまとめた小冊子、第3弾を作りました。
その名も「幸せを呼ぶ5つの話」です。
仏教なるほどゼミナール

ちょっと、おしゃれな感じがするタイトルですが、中身は

1、結果には必ず原因がある(自業自得
2、和やかな笑顔と優しい言葉(和顔愛語
3、約束は守ろうね(持戒)
4、恐ろしい怒りの心(怒り
5、情けは人のためならず

の、5本立て。
第1弾、2弾より少し厚手の56ページです。

今回は、難しい仏教用語の解説というよりも、日常生活における心得、というテーマで話を集めました。
自分自身の反省も込めて言いますが、ここに描かれていることが毎日きちんと実行できたら、さぞかし幸せで楽しい日々が過ごせることでしょうね。

ご注文は発行元のチューリップ企画のサイトからどうぞ。1冊300円のお手頃価格です。
そのうち、このサイト上でプレゼント企画でも行ないましょうかね。

平生業成とバスガイド

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バスガイドの思い出と言えば、やっぱり修学旅行でしょうか。
中学校の修学旅行は、長崎、熊本といった九州北半分訪問でした。
バスで移動する時間が多いので、ガイドさんがひたすらしゃべっていましたね。
その時に、「みなさんの平生業成がよかったから、今日はいい天気になりました」と言っていたかどうかは、覚えていません。

ということで、ビーヤング平成19年11月号は、「平生業成」について書きました。
今、ガイドさんが「平生業成」と言うことは無いとは思いますが、ちょっと昔には、よく聞かれた言葉だそうですね。
話を持ち出すには、やっぱりバスガイドさんを登場させるよりないでしょう。
今回のマンガでは、名古屋旅行の設定でした。

なぜ名古屋?

答えは簡単。大学生時代を過ごしたのが名古屋だったからです。
時として、マンガの舞台として名古屋を描きたくなります。
実に思い出多い場所です。

私が居たときは、地下鉄桜通線が今池まで開通したぐらいの時でした。
ナゴヤドームも無ければ、名城線名古屋大学駅などありませんでした。
その名古屋から離れて、もう14年。今の名古屋がどうなっているか、分かりません。

その名古屋には、浄土真宗系の大学があり、一度訪問したことがありましたが、その正門には「平生業成」の書が掲げられていました。
今でもあるでしょうか。
そのように、浄土真宗では非常に大切な言葉が「平生業成」ですから、意味を正しく理解したいですね。

平生業成 名古屋

口でなされる「悪い行い」

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平成19年10月号のビーヤングには、「悪口(あっこう)」と題して、口で行う悪の一つ、悪口について解説するマンガを描きました。

もともとは、「口業」と題して描く予定でした。
仏教では、口で行う悪について4つ教えられています。
1 綺語(おべっか)
2 両舌(二枚舌)
3 悪口(わるくち)
4 妄語(うそ)
この4つすべてを描くと、紙幅を超えてしまいますし、また「綺語」や「両舌」などの説明は子供には分かりにくいだろうということもあり、「悪口」にテーマを絞って描いた訳です。

それにしても、世の中「悪口」で苦しんでいる人が、どれほどいることか。
直接「バカ」や「死ね」という言葉を浴びせるのはもちろんですが、インターネットの普及によって、知らない間に自分への悪口が匿名の人物によって公の場で晒される事例も数多く聞きます。
大抵の場合、その被害者は泣き寝入りです。
ネット上の悪口や誹謗中傷によって心が傷つけられ、精神を病み、果ては自殺に追い込まれた人までいる始末。
正に、言葉による暴力です。

「悪口を言う」という行いの結果は、必ず「悪口を言った本人」に返ってきます。
それは単純に「悪口を言われる」という結果に限らないでしょう。
そもそも、悪口を言う人に、「信頼」はなかなか集まるものではありません。
また、悪口を言っていると、心はすさんでくるものです。荒れた心は、悪い結果を招きますよね。

「匿名だから何を言ってもいいんだ」ということは、決して無い筈です。
「あいつはバカだから『バカ』と言って何が悪い」「あいつは邪魔だから『死ね』と言って何が悪い」ということも、決して無い筈です。
今、自分が口に出そうとしている言葉、キーボードで打とうとしている言葉は、相手にどのような思いをさせることになるのか。
よくよく注意しなければならないと思います。
その気遣いが、相手を傷つけないことだけでなく、自分の幸せとなって返ってくるのですから。
悪口

智慧ある者に怒りなし

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ビーヤング9月号の「仏教なるほどゼミナール」は、「怒り」と題して描きました。
当初は、題は「瞋恚」として、煩悩の一つを解説するようにしていましたが、「瞋恚」という言葉そのものが、子供の読者にとっては難しいと判断して、「怒り」に直しました。
ですので、「仏教用語の解説」という感じがしませんが、ご了解ください。

殺人や虐待、世の中を騒がす様々な事件は、「カッとしたから」といった「怒り」の心からきているものが少なくありません。
「怒る」ことがなければ、どれだけの人の命が落とされることなく、平和な世の中となることでしょうか。

それにしても、「怒りの心が出てきた時は、数を数えなさい」と言われますが、これがなかなかできることではありません。
数を数えられるだけの冷静さがあれば、誰も怒りはしません。
私も、ささいなことから怒りの心が出てきて、相手にひどい言葉をかけそうになることがあります。
「いやいやまてまて、今ここで怒りの心を出すと、どうなるか考えてみろ」
怒ったその先を考えることができた時、怒りの心を鎮めることができるのだ、と思います。

お釈迦様は「智慧ある者には怒りなし」と教えられたと聞いたことがあります。
先を見通す力、智慧があれば、後悔で終わる怒りの心など、確かに出てきようがないのでしょうね。

だから「怒った時には数を数えよ」とは、単に怒りを鎮める為にではなく、「数えている間に、『怒ったらどうなるのか』という先のことをよく考えてみなさい」という忠告なんだな、と最近よく思いますね。

みなさんは、いかがでしょうか。

仏教 怒り

和顔愛語が幸せを招く

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ビーヤング平成19年8月号の仏教なるほどゼミナールでは、「和顔愛語」をテーマに描きました。

「和顔愛語」って、とても素敵な響きのする言葉ですよね。

この言葉は「大無量寿経」に出てくる正真正銘の仏語なのですが、ネット検索しても非常に多くのサイトが出てくる、とても有名な言葉です。

優しい笑顔で人に接する、優しい言葉をかける。

簡単そうで、なかなかできないことですよね。

もともと地でできている人がいますが、全くもってうらやましい方で、そういう人にはやはり多くの人が集まってくるものです。私のように、努力しないと笑顔ができない人間は、人付き合いも非常にへたくそで、時々いやになりますけどね。

人と人とのコミュニケーションで、まず第一に大切なのが、この「和顔愛語」なのではないか、と強く感じます。

どんなに疲れていても、笑顔で何か仕事を依頼されたら、断れないものです。へとへとになって自宅に帰っても、家族が笑顔で出迎えてくれると、苦労も吹き飛ぶというものです。

帰宅して、いきなり不平や愚痴を言われてしまっては、家庭不和の始まり?

お互い、心がけたいものですよね。

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桃太郎侍なんて知らない

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ビーヤング7月号には、「鬼」と題して、「慈悲」について描きました。

「鬼」と言えば、やっぱり「桃太郎」ですよね。

それにしても「桃太郎侍」と言っても、最近の子供はほとんど知らないでしょうね。知らない人は、お父さんお母さんから聞いて下さい。

越後製菓だったか、かきもちのCMに高橋英樹が桃太郎侍の格好をして出てきますが、何も知らない人からみたら「この格好は一体何? 」と思うでしょうね。

さて、「慈悲」の解説についてですが、「慈悲」とは仏教で「抜苦与楽」を表し、その説明として「苦を抜くを慈といい、楽を与うるを悲という」と掲載してあります。

これは曇鸞大師の「浄土論註」にあるもので、親鸞聖人も教行信証証巻の中に引用なされています。

ご参考まで。

それにしても、すべての人に「慈悲」の心を持って接するということは、何と難しいことでしょう。

相手に応じて、接し方が変わる。それは当然のことですが、誰にでも嫌みなく接するようになりたいものです。

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